始まりの日 番外編(2009/06/16UP)

出逢い - 1

第2部「赦罪」赦罪」に登場する三並敦志×坂崎悠真の話です。本編の4年前。
このお話は三人称です。

 部屋を間違えた。

 目の前に繰り広げられる2人の男の行為を見つめて、坂崎悠真は冷静に現状を理解した。

 都内の老舗ホテルの一室。
 ありふれたツインルームの窓側のベッドには、なぜか自分と同年代と思われる2人の男が、重なっていた。
 組み敷かれている男は裸だったが、組み敷いているほうは、ジャケットこそ着ていないが肌の露出がほとんどない。
 けれども、その下半身がどうなっているかくらいは、さすがに言われなくても分かる。
 肌がぶつかり合う音と、明るい室内には似合わない艶かしいあえぎ声が絶え間なく響く。
 まぎれもなく、セックス中ということだ。

 あまりにも衝撃的な光景を目の前にして、一瞬立ち尽くした。
 そしてその坂崎の気配に気付いた「上の男」が、チラリとこちらを見た。
 目が合って、思わず小さく頭を下げ、たった今閉めたドアをまた開けて廊下へ出る。
 そして、そのドアに掲げられた部屋番号を確認した。

「間違ってない……よね」
 手にしていた黒い皮製の手帳を開いて確認する。
 703号室。
 間違いない、今日の鹿島の控え室はこの部屋だ。
 そもそもこの部屋の鍵は坂崎が秘書を務める鹿島弘一が持っているはずなのに、どうして部外者が入り込んでいるのだろう。
 しかも、男同士でなんてことを…………。
 そういう趣味などまったくない坂崎にとっては、どうにも受け入れがたく、その光景を思い出してげんなりとした。せめて男女であってほしかった。
 どちらにしても、本来なら問い詰めて厳重注意といきたいところだが、今はそれどころではない。
 パーティーが始まる前に鹿島を探して会場へ連れて行かなければならない。
 いや、さっきから何度も携帯にかけてるのに一向に繋がらないのは、もしかしてこの中にいる2人に危害でも加えられたからなのか?
 一瞬そう考えたが、危害加えるほどのことをしておきながら、呑気にあんなことするわけはないと思い直した。
 だったら鹿島はどこへ―――ドアの前でそう考えを巡らせながら、もう一度鹿島に電話しようと携帯を手にした時、突然そのドアが開いた。
 さっき目が合った男が、ネクタイを調えながら出てきた。乱暴に羽織ったジャケットは、質のいいブランドのものだとすぐにわかる。
 彼は坂崎を見ると、不機嫌そうに小さく溜め息をついた。
「鹿島弘一なら、さっき会場に行くって言ってたよ」
 低い声でそれだけ言って、坂崎の返事を聞くそぶりも見せずに長い廊下を歩いていく。
「………え」
 つまり、やっぱりここは鹿島の控え室に間違いなく、さらに言うと鹿島は彼のことを知っていて部屋を貸したということになる。けれども、だからと言って鹿島があんなことのために部屋を貸すわけがない。この男にモラルという言葉はないのか?
「ちょっと待ってください! あなたなんであの部屋にいたんですか? 中の人は?」
 慌てて追いかけ、責めるように聞くと、彼はゆったりと振り向いた。
 その仕草はモデルのように洗練されていて、直前にセックスしてたとは思えないほど冷めている。
 そして、いかにも迷惑そうに。
「ああ………そういえば鍵はあいつが持ってるから。そのうち出てくるだろ」
 坂崎の問いに答えずに、そんなことを言われても何がなんだかわからない。
 目の前の人間が何者で、どうして鹿島の控え室で男とセックスなんてしてたのか。いや、セックスをしていた理由ではなく、なぜあの部屋であんな大胆な行為ができたのか、だ。
「意味がわからないんですが………聞かないほうがいい?」
 このまま分からずにいるのは気持ちが悪い。かといって無理やりプライバシーに踏み込んでまで知る必要もなく、坂崎はとりあえずそんなふうに彼に聞いてみた。
 すると彼はニヤリと挑発的に口角を上げた。何かを楽しんでいるように。
「別に教えてやってもいいけど、あんた鹿島を探してるんだろ。そろそろパーティー始まるんじゃない?」
 チラッと腕時計を見て言う。
 つられて坂崎も腕時計を確認すると、午後6時になるところだ。
 そうだった、と坂崎は自分が思いのほか冷静さを欠いていたことに気付いた。
 彼に「興味」はあるけれど、今は仕事が優先だ。
「なんかよくわからないけど、とりあえず鹿島は会場に行くって言ってたんだよね?」
「ああ、15分前にな」
「そう。ありがとう」
 坂崎はとりあえず礼だけ言って、エレベーターホールへと走った。

「またな」
 坂崎の背中に向けられたその言葉は、届いていなかった。

 それが、坂崎悠真と三並敦志の出会いだった。