お題SS

幼なじみ

 ケイゴは、俺の幼なじみだ。
 5歳の時にケイゴがうちの隣に引っ越してきて、保育園も小学校も中学校も同じでいつも一緒にいた。昔からチビで成績も下から数えた方が早い俺とは対照的に、ケイゴは背が高くて頭よくて、俺が唯一自慢できる運動神経までよかったから親には事あるごとに比較されるし、俺の好きな子がケイゴに告白するっつー気まずすぎる事件だって何度もあったけど、俺たちは一緒にいることをやめなかった。
 高校は別々になったけど、家が隣同士だったから毎日顔を合わせてた。今思うと、無意識にお互い顔を合わせるようにしていた気がする。ケイゴはカノジョよりも俺を優先してくれたから(その時はカノジョに恨まれまくって逆に俺は迷惑でしかなかったけど)、俺もできるだけケイゴを優先するようになっていた。てか俺が初めて付き合った子にはそれが原因でつい先月ふられて、それがきっかけで俺たちはいわゆる「恋人」っていう関係になったんだけど。つーか恋人ってなんだよ……恥ずかしすぎるだろ今さら。どうなんだよこの関係は………。

 じゃなくて。今はこんなことどうでもよくて、つまりそんな誰よりも長い時間一緒にいた幼なじみだからケイゴのことは何でも知ってる。ケイゴの親よりも知ってるって断言できる。
 例えばかけ蕎麦は嫌いだけどざる蕎麦は好きだとか、魚を三枚におろすのが得意だとか、趣味は資産運用だとか、いつチン毛が生えたとか、初恋の相手とかいつ童貞捨てたとか何人と付き合ったのかとかどうして別れたのかとか、そりゃもーうんざりするほど知ってるし、ケイゴにとっての俺も、そういう存在なんだと思う。

 だから俺が大のディズニー好きだってことくらい、知ってるはずだ。つーか知ってて当然。むしろ知らないわけがないだろ。

「嫌だね。そんなお子様の遊び場になんか行きたくねーよ。しかも男2人で」
 大学の帰り道、ケイゴは頭1個分上から俺を見おろして、俺の誘いを冷たく断った。女子が言うには、下手に整った顔してるから必要以上に冷たく感じるらしい。まぁケイゴの顔が冷たいのは5歳からだから俺には気にもならないけど。でも、ディズニーランド&シーを「お子様の遊び場」なんて言われて黙ってるわけにはいかない。そこだけは全国の、いや世界中のディズニーファンのためにも譲れない。
「ディズニーをなめんなよっ。ケイゴだって行ったら絶対に楽しむに決まってる」
「楽しくねーよ。だいたいおまえ、半年前に行ったばっかりだろ」
「半年も、だ!」
 確かにケイゴとこうなる前に初めて付き合った女の子と行った。そりゃもう楽しかったよ。めいっぱいアトラクション乗って遊んで花火も見たし土産だっていっぱい買ってきたし。その子とはもう別れちゃったけど普通にいい思い出になったし。
 だからケイゴとなら、絶対にもっと楽しいに決まってるだろ。―――なんて今さら面と向かって言えるわけはない。幼馴染だからこその照れもあったりする。
「片道40分なんだから年に2回なんて少ない方だろ。俺の父ちゃんなんて毎日片道1時間半かけて通勤してんのに」
「そういう話じゃねーよ」
「は? じゃあどういう話なんだよ。俺バカだからはっきり言ってくんねーと分かんねー」
「まぁ、お子様にはわかんねーな」
 ニィっと俺を見下みくだ して笑う。
 ムカつくっ。
「じゃケイゴは、俺が他の女と行ってもいいわけ!?」
 って、当て付けで言ったのに。
「いいよ。行って来れば?」
 ケイゴは、ケータイの画面なんか見ながら、素っ気なく即答した。

 ぎゅぅっと両手を強く握り締めて、涙をこらえた。
 泣いちゃだめだ。
 そうだ。こんなこと分かってただろ。
 付き合い始めて今日でちょうど1ヶ月。こんな不自然な関係、1ヶ月もたてばケイゴだって正気に戻ってなかったことにしたいと思ってもおかしくない。男が好きだなんて勘違いだったとか、一時の錯覚だったとか、ケイゴじゃなくたってそう考えなおすのが普通だろ。それを俺が勝手に調子に乗ってディズニーシー行きたいなんて言ったら、ただでさえ男2人でって引くのにドン引きもいいところだよな。最悪だ。
 わかってるよ。

 1ヶ月前に戻るだけだ。
 何事もなかったみたいに一緒にメシ食ってくだらない話してそのうち新しいカノジョとか紹介されて、それなのにまたケイゴは俺を優先するから俺はカノジョに恨まれて厭味のひとつも言われたりするだけのことだ。厭味くらい別にいいよ。その子が俺に厭味や嫌がらせをしてきたっていい。その子が俺を刺したってケイゴが俺を優先してくれるならどうってことない。でもケイゴが俺じゃない誰かとデートしたり優しくしたり、あんなふうにエッチするなんてのは、考えただけで血吐きそうなくらい心臓が痛い。
 もう、俺がケイゴを好きだって知っちゃったから。

 目の奥が熱くなった。
 堪えきれなかった涙が、一気に溢れ出した。

 戻れるわけ、ねーだろ。
 こんなことなら幼なじみのままのがよかった。

「え―――え? ちょっ、泣くなって! おい、悪かったから!」
 視界は涙でぼやけてたけど、ケイゴが今どんな顔してるのか正確に分かった。
 幼なじみだから。
 昔からケイゴは俺が泣くと困った顔であたふたする。そのくせ何もできずに、結局俺が泣き止むのを待つんだ。
 案の定、今回も頭の上でケイゴが、降参のため息をつくのが聞こえた。
 どうせまた何も言わずに俺の気が済むのを待つんだと思うと、ムカついてまた涙が溢れた。
 けれど。

「………行ったら、おまえ絶対に元カノのこと思い出すだろ」
 不機嫌に顔を背けて、やっと聞こえるような声で言う。
「…………え?」
 元カノ?
 なんで、今、ここで元カノ?
 思わず涙も止まって、きょとんとケイゴを見た。けれどケイゴはずっとそっぽを向いたまま。
「あーーーー、だからっ」
 と、自分の髪を掻きむしる。
 これは、恥ずかしいときにする癖。
「だから、俺と一緒にいるのに、おまえは元カノと来た時のことなんか思い出しながら回るんだろっ」
 勢いで吐き出すみたいに言う。
 いや、確かに思い出すかもしれないけど…………って、これはつまり。
「ケイゴ、それって…………俺が元カノを思い出すだけでも、嫉妬するってこと?」
 それだけで俺と一緒に行かないって言ったわけ? そんなことで?
「―――――っ」
 視線だけ背けたケイゴの顔が、あっと言う間に真っ赤になった。

 うそ、ケイゴってこんな顔、するんだ。
 俺なんかよりずっと恋愛経験あって、冷静で大人なコイツが。
「マジ………?」

 これは………可愛いすぎる。

 全部、知ってると思ってたのに。
 15年も一緒にいたのに、まだ俺の知らないケイゴがいるんだ。
「違っ、それよりもおまえが元カノと行った時に人生最高くらいのテンションで楽しそうに話してたから、あれが特別なのかと思うと余計にムカつくっつーか―――」
 ヤバイ、嬉しすぎて顔が緩む。てか溶ける。溶けて消えてなくなってもいいくらい嬉しい。

「ケイゴ、俺のことすっげぇ好きなんだな。へへへ」
 さっきの涙なんかすっかり忘れて見上げると、ケイゴはさらに顔を赤くしてその場に顔を伏せてしゃがみこんだ。
「カッコワリィ………だから言いたくなかったんだよ…………」

 幼なじみのままじゃなくて、よかった。