始まりの日 番外編(2008/5/15UP)

表面張力

尾形と相沢の出会いです。

尾形澄人

 同じ種類の人間というものは、なぜか見抜けてしまう。
 六本木の、ごくありふれたバーのカウンターで、彼を見つけた。
 俺より先に来ていたにもかかわらず、目の前のアルコールはほとんど減っていない。何かを考え込んでいるかのようにじっとその水面を見つめていた。
「ひとり?」
 隣りに座りながらそう聞くと、彼は無表情のまま俺を見た。そして、すぐに柔らかな笑みを返す。
「ええ」
 フラれた、のかもな。
「俺も」
 彼は口だけで小さく笑った。それからまたグラスに目を向けて、テーブルの上でかたむける。ゆらり、と揺れる琥珀色の液体が、こぼれる寸前でグラスをとめる。表面張力でグラスからほんのわずかはみ出た液体が、震える。どうやらそれを楽しんでいるみたいだ。
「飲まないの?」
 そう聞くと、彼はグラスを水平に戻して、表情を変えずに答える。
「もう結構飲んだからね」
 そんなふうには見えない。顔も手の動きも、素面そのものだ。
 彼はまた中身がこぼれる寸前までグラスを傾けて、そこで止めた。そして、その零れそうな液体をじっと見つめて、
「ここで俺が気を緩めたら、こぼれる。誰かがぶつかってきたり、あなたが揺らしたりしても。そういう瞬間が、好きなんだ」
 変わった奴だ。
「アドレナリン中毒?」
「そうかもしれない」
 涼しい顔して、よく言うな。こういうタイプは嫌いじゃない。
「名前は?」
 そう聞くと、うっすら目を細めた。
「俺は尾形澄人だ」
 俺が名乗ると、彼は「相沢司」と答えた。
 本名かどうかはわからない。どうせ今だけの付き合いだ、名前なんてあってもなくてもいいけど、それでも聞かずにはいられないのは、自分の中で「こいつは相沢司」という一人称がほしかっただけにすぎない。いつまでも「あいつ」や「あの男」じゃ、色気がなさすぎる。
 相沢司は、それから一気にそのウィスキーを飲み干した。氷がカランと小さな音を立てた。ロックだからかなりきついはずなのに、眉ひとつ動かさない。
 そして、
「アドレナリンよりも、エンドルフィンのほうが足りないかもしれないけど」
「エンドルフィン、ね……」
 何が言いたいんだろう。モルヒネの6.5倍の鎮痛作用がある脳内麻薬だ。どこかが痛いのか、それとも――――。
「セックスがしたい」
 相沢司は、そう呟いた。