始まりの日

記憶 - 6

杉本浩介

「いらっしゃいませ」
 仕事帰り、蟻ヶ崎さんマスターの声を聞きながら「Come Klo'usカム・クロース」に入ると、カウンターの奥のほうに雨宮を見つけた。
 グラスのストローを意味もなく回しながら、ぼーっと考え事でもしてるみたいだ。
 酒も飲めないのにこんな時間に1人で来るなんて珍しい。
 あまりにも自分の世界に入ってるから声をかけづらくて無言で雨宮の隣に座ると、雨宮は俺の気配にハッと振り向いて、それからなぜか小さく溜息をついた。
「なんだ、杉本さんか」
 なんだって、なんだよ。
「尾形じゃなくて悪かったな」
「違います。尾形じゃなくて良かったんですよ」
「ははは、喧嘩でもしたのか?」
「そんな単純なことだったらラクなんですけど」
 雨宮はそう言って曖昧に笑った。
 それをフォローするように、マスターが俺の前にコースターとお絞りを置きながら。
「もう2時間くらいここで考え事してるんですよ」
「2時間も? 雨宮の頭でもそんなにかかるって、恐ろしく複雑そうだな」
 確か大学入試はトップだったと聞いている。みなとみらい大学と言えば、全国でもトップレベルの大学だ。そこの医学部に入っただけでも凄いのに、さらにトップで入学って、いったいどんな頭してるんだ。勉強してるそぶりなんてこれっぽっちもなかったのに。
「いや、複雑っていうわけじゃなくて、ただ、俺の気持ちの問題っていうか………」
 そう言うと、気まずそうに目を泳がせた。
「なるほど、気持ちの問題か」
 それなら頭がどうのっていう話じゃないのはわかる。
 足利さんの言ってたことが現実になったのか、それとも麻布事件絡みか。
「マスター、とりあえずビールと、なんか食うもんある?」
 ここで会ったのも何かの縁だ。今日はじっくり付き合ってやるか。

 

雨宮陽生

 耳を、疑った。
 尾形のマンションに来たムカつく男の話を杉本さんにしていたら、カウンターの中で聞いていた蟻ヶ崎さんが、物凄く信じ難いことを言ったから。

「お、弟!? 蟻ヶ崎さんの?」
 ぜんっぜん似てない。っていうか似てないのは家庭の事情とかいろいろあるんだろうけど……マジかよ………。
「たぶんね。血の繋がってない義理の弟だから似てないんだけど」
 グラスを磨きながら、蟻ヶ崎さんは申し訳なさそうな顔をして頷いた。
「あぁ、やっぱりそうですよね…………」
 とりあえず納得すると、蟻ヶ崎さんと杉本さんが同時に笑った。
「はははは、そんなに似てないのか」
 いや、それはそうだけど、今までの会話は蟻ヶ崎さんに全部聞かれてたことの方が問題だろ。
 ムカつく、バカから始まって、精神年齢11歳とか負け惜しみナルシストとか、とにかく言いたい放題だった。いくら血が繋がってない弟で、蟻ヶ崎さんが笑って聞いていたとしても、家族のことをそんなふうに言われて気分がいいはずない。
「あの、すみません。俺、蟻ヶ崎さんの弟とは知らずに、かなりの暴言を………」
 頭を下げて謝ると、蟻ヶ崎さんは予想外にカラッと笑い飛ばした。
「そんなのいいって。本当のことだし俺の弟の方に非があるんだから。それに、弟がそんなこと言ったのは、俺にも原因があるかもしれないんだ」
「え? どうしてですか?」
 そう聞くと、蟻ヶ崎さんは少し何かを考えてから、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「尾形が話してないなら、俺も話す必要はないと思ってたんだけど、実は色々あってね――――」
 そう前置きをする。
 改まった態度に、少し背中が堅くなった。
「3年前、俺と尾形が研修医のとき、弟を――あきらって言うんだけど、尾形が気に入って付き合い始めたんだ。俺と晶は、俺が10歳の頃に再婚した両親の連れ子同士だから血はまったく繋がってないんだけど、小さい頃から幼馴染みたいに仲は良かったし、俺は本当に晶を大事に思ってた。
 だから、俺は晶が尾形と付き合ってるって聞いて、真っ向から反対した。男同士で幸せになれるわけがないし、その上相手はあの尾形だろ。雨宮君にこんなこと言うのは気が咎めるけど、あの頃の尾形って誰とでも寝るし、恋愛をゲームみたいに考えてて、ターゲットを決めてその男を落とせるかをかなりの金額を賭けしたりして、男から見ても本当に最低な人間だったんだ」
 やっぱり、尾形ってそうだったんだ…………。
 もしどっちかが女だったとしても、弟のことを思えば反対するに決まってる。最後には深く傷つくだけで、得るものなんて何もない。

「それでも晶は尾形を好きだって言って聞かないから、俺なりに色々邪魔して、会いに行かせないように家に閉じ込めたんだ。今思えば、かなり強引な手を使ったよ。晶の友達を買収して見張らせたり、尾形に別の男を紹介したりね」
 驚いた。
 蟻ヶ崎さんの人のよさそうな顔とか柔らかい性格からは想像もできないくらい汚ないやり方だ。そこまでして守りたいほど弟が大事だった―――いや、尾形が酷い男だったってことか。
「でも、恋愛って回りに反対されればされるほど本人は盛り上がっていくからね。特に晶は意地になりやすい性格であまのじゃくなところがあって、事あるごとに俺に反発して何度も脱走しようとした。それである時、晶が尾形に会いたい一心でマンションの5階から飛び降りて大怪我をしたんだ」
「うそ…………」
「おいおい、5階って言ったら軽く12、3メートルはあるぞ」
 杉本さんが言うように、俺も信じられなかった。
 だって、いくら好きだからって、会いたいっていう気持ちだけでそんな高いところ飛び降りるかよ。普通なら死ぬ高さだ。
「それだけ晶を追い詰めていたんだよ、俺は」
 蟻ヶ崎さんは自分を責めるようにそう言ったけど、この場合蟻ヶ崎さんの気持ちを無視した弟のほうが問題あるような気がする。バカっていうか、短絡的っていうか、自分のことしか考えてないだけだ。
 周りの心配とか、もし何かあった時の蟻ヶ崎さんの気持ちとか考えたらそんなことできるわけない。
 尾形みたいな男のために、そこまで自分や自分を心配してくれる人間を犠牲にする必要なんてないだろ。
「幸い落ちた場所も打ち所も良くて命に関わるほどじゃなかったんだけど、親から電話がかかってきた時は心臓が止まるかと思ったよ。でも、それで気付いたんだ。俺は晶を弟として見てたんじゃない。晶を恋愛対象として見ていたんだってね」
 杉本さんは驚いてたけど、俺は「ああ、そっか」って思った。
 蟻ヶ崎さんが同性愛に対して免疫があったのは、尾形の友達だからじゃない。自分がそうだから、俺の話を聞いても何の偏見もなくて、会って2回目だったのに冷静に俺の気持ちを分析できたんだ。

「それで、今は――――?」
 杉本さんの問いに、蟻ヶ崎さんは穏やかに笑った。
「紆余曲折あって、俺が尾形から奪ったって形になってしまいました」
「奪ったって…………じゃぁマスターにとって尾形は、恋人の元彼ってことか? そんな奴とよく平気で話せるなぁ」
 杉本さんが大げさなくらい驚いた。
 確かに、5階から飛び降りてまで会いに行くほど好きだったのに、どうして。
 そう考えて、あいつの俺に対するムカつく態度の意味が、なんとなくわかった。
 自分は会う事もできなかったのに、俺が一緒に暮らしてることに苛立ちや嫉妬があって、必要以上に俺に辛く当たったのかもしれない。
 つまり。
「本当は尾形が晶さんをフッたんじゃないんですか? 尾形のことだから、晶さんをうまく操って晶さん自身が蟻ヶ崎さんを選ばせた格好にしたんだろうけど」
 あいつがあんなことを言ったのは、尾形に捨てられたと思ってるからだ。
 蟻ヶ崎さんは少し驚いたように「すごい洞察力だね」と言って。
「尾形にとって晶はただの遊び相手で、本気になられてかえって迷惑してたから、尾形も別れたがってたんだ。でも晶は5階から飛び降りるほど尾形を―――というか、どっちかっていうと俺への反発心から意地でも尾形と別れないって言って、どうしようもなかったんだ。俺も意地になって我を見失ってたしね。それで、尾形にとっても最終手段だったんだと思うけど、晶を言葉巧みに誘導して、晶に別れるって言わせたんだよ。もう分ると思うけど、晶は一度こうって決めたら曲げない性格だから、やり直したいなんて意地でも言わない。結局、そのまま別れたんだ。たぶんこの2年間、一度も会ってない」
 あーなんかその光景、リアルに目に浮かぶ。尾形は人の神経逆なでするのが得意だし、蟻ヶ崎さんの弟は逆なでされるのが得意というか、売り言葉を簡単に買う奴だった。
 蟻ヶ崎さんの弟からしてみれば、勢いで別れるって口走っただけで、本当は別れる気がなかったってことだ。

「うーん、微妙にひっかかるな。まぁ、最終的にお互い納得してりゃぁ問題ないと思うけど」
 焼酎のグラスを口に運びながら、杉本さんが渋い顔をして言う。
 納得って………あいつの今日の態度はどう考えても納得してない。
 まだ未練あってもおかしくないし、むしろ今日の感じじゃ尾形とヨリを戻しに来たとも考えられる。それに、尾形は尾形で過去の反省なんて絶対にしてないだろうから、あっさり付き合う可能性だってある。
 尾形があいつと―――そう考えて、性懲りもなく傷ついた自分に呆れた。
 俺は自分から尾形との関係を拒んでいるんだから、傷つく資格なんてないのに。

 本当に傷つくのは蟻ヶ崎さんだ。
 けれど、弟が尾形に会ったって聞いても顔色ひとつ変えてないのは、尾形や弟のことを信じているからなのかな。
「蟻ヶ崎さんは、不安じゃないんですか?」
「そりゃ不安だよ。一緒に住んでても俺の仕事は夜だから生活が合わないし、時々俺に尾形のこと聞いてくるし。だから密かに、尾形と雨宮君が上手くいくように祈ってるんだよ」
 蟻ヶ崎さんは冗談を言うように笑う。どこまで本気なのかわからないその言葉に、酔っぱらった杉本さんが、信憑性のない答えを自信満々に言い放った。
「その点は心配しなくても大丈夫だろ。尾形は完全に雨宮一筋だからな!」
 ………杉本さん、なんであの男をそこまで信じられるんですか。

 

尾形澄人

「そんなにあのガキに話聞かれるの嫌なんだ」
 近所にある桜並木の遊歩道へ移動すると、晶はボソッと呟くように言った。
 おまえがガキって言えるほど年離れてねーよ、と内心ツッコミながら桜の下にあるベンチに座ると、晶も俺の隣に座って足を投げ出した。
 もう葉桜に近いとはいえ、桜祭りの提灯や店の照明のおかげで22時過ぎという時間でもしっかり明るく、両手じゃ足りないくらいの人が思い思いに過ごしている。
「雨宮に会ったのか」
「あいつ雨宮って言うんだ。冴えねぇガキじゃん。俺がちょっと突ついたらすっげぇ不安そうだったし。信用されてねぇんだな、あんた」
「へぇ、あいつが不安そうにね。そりゃ嬉しいな」
 負け惜みでもなんでもない、率直な感想だ。
 雨宮が俺と晶の関係をどう勘違いしたのか知らないけど、今の俺にとって雨宮の本心を計れるのはこういう時だけだから。まぁ、こんな自己満足に浸ってるから雨宮を傷つけてしまうってことくらい、わかってはいるんだけど。
 いや、それよりも。
「つーかおまえ、なんで直接家に来るんだよ。携帯とかメールとかで連絡してから来いよ」
「そっちが着拒したんだろっ」
 あれ、そうだったっけ。
「メアドも変えてるし、Come Klo'usで待ちぶせしようとしても俊介には店で会うなって言われてるし、あとはここ来るしかねーだろ!」
「ははは、おまえ蟻ヶ崎から出禁喰らってるんだ」
「出禁じゃねーしっ。澄人がいるから俺が店に行けねーんだよ。マジムカつく」
 だろうな。蟻ヶ崎が俺と晶が顔を会わせるのを嫌うのは、だいたい想像がつく。
 いわゆる三角関係になった3人は、元通りの関係に戻ることはない。俺は晶に未練なんて笑えるくらいないけど、蟻ヶ崎はまだ晶が俺に会うは不安なんだろう。まぁ晶はその言いつけを律儀に守ってたわけだから、気持ちがどこにあるのかは一目瞭然だけど。
「ははは、売上に貢献するのは誰かっていうだけの話だろ」
 適当になだめると、晶は「知ってるし」と俺を睨み付けた。
 2年前と同じで呆れるくらい意地っ張りだな。扱いやすくて助かるけど。

「で、何しに来たんだよ」
 本題に戻ると、晶は俯いて脚の上で左手のシルバーのブレスレットを指でなぞった。
 そして、思いもしない名前を口にした。
「あぁ………一ノ瀬組って、知ってる?」
「―――――?」
 驚いた。
 こいつから暴力団の、それも一ノ瀬の名前が出てくるなんて想像すらしていなかった。
 ヤクザ絡みで俺に相談に来るって事は犯罪系の話か。厄介だし面倒すぎるからできれば関わりたくない。かと言って、一ノ瀬が絡んでるとなる何も聞かずにいるほど無関心でもいられない。
「知ってるけど、なに?」
 そう促すと、晶はひどく躊躇うように何度か言葉を飲み込んで、それから小さく深呼吸した。
 こいつがこんな優柔不断な態度を取るのは絶対におかしい。かなり真剣に、何かあったんだろう。
「蟻ヶ崎か?」
 とりあえず1つの可能性を聞くと、必要以上にムキになって。
「俊介は関係ねーよ。あいつがヤクザなんかと関わるわけねーだろ!」
 相変わらずのブラコンだな。蟻ヶ崎はヤクザとも平気で渡り合える系統の人種だぞ、というのは面倒なことになりそうだから言わないでおくことにした。
「あー、はいはい。だったら、なんなんだよ」
 呆れつつもう一度聞くと、晶は逆ギレぎみに。
「だから、知り合いに誘われてついてったらヤバイことに巻き込まれて、なんか超ヤべぇんだよ」
 …………ヤバくてヤバイね。
「おまえ2年前よりバカになっただろ」
「なんだよその言い方! 俺だって殺されるかもしれねーっつーのに!」
 殺される?
「物騒な単語だな。ヤクザに殺されるってのは、おまえみたいな一般庶民には縁のない話だと思うけどね。おまえを誘った知り合いって、どういう関係の知り合いなんだよ」
「大学のサークルの先輩だよ。サークルん中じゃそんなに目立ってなかったんだけど、いろいろ面倒みてもらってるうちに別のサークルに来ないかって誘われて、そいつ金持ちで結構奢ってもらったりしてたから付いてったら………」
 そこでまた言い淀んで、それから意を決したように。
「クスリきめて、乱交パーティーしてたんだよ!」
 そう言って、どうだ、と威張るように俺の反応を待つ。
 っていうか。
「してただけ?」
 念のため確認すると、晶は冗談じゃないとばかりに。
「してただけって、麻薬だぞ。覚せい剤かもしんねーんだぞ!?」
 あー、なんだ。心配して損した。
 振り込め詐欺集団の一員になったとか、ドラッグの運び屋にさせられたとか言われたらどうしようかと思ってたけど。
「だったら、さっさと逃げて110番すれば済む話だろ。だいたい俺は科捜研の職員だけど警察官じゃないんだ。そんな話されたって何もしてやれないね」
 きっぱり言って立ち上がろうとした時、強引に腕を引っ張られた。
「待てよ! その中に俺の友達がいたんだよっ」
「だったらなお更早く警察に連絡しろ。そいつが廃人になる前にな」
 覚せい剤に手を出した奴を庇うことは、何よりもそいつのためにならない。手遅れになる前に、国家権力でもなんでもいいから助けを求めるべきだ。
 けれども晶にはそれがわからないのか、らしくなく俺を縋るように見て訴える。
「でも逮捕されたら退学になるだろ! それにもう20歳だから少年法とか適用されねーし、なんとかして助けたいんだよ!」
 そんな目で見られても俺にどうしろっつーんだよ。
「俺にはそいつが退学になろうが前科一犯になろうが関係ない。だいたい20歳にもなってドラッグに手ぇ出したんなら自業自得だ。どうせ愉しんでたんだろ?」
「そんなんじゃねーよ、あいつ絶対に一ノ瀬組の奴に無理やり――――っ」
 言って、急に口をつぐんだ。
 顔を覗くと、悔しそうに唇を噛んで目を赤くしていた。それから、ポツリと。
「女なんだよ…………」

 ――――あぁ、そっちか。
 晶の友達って言うから男かと思ってたけど、女なら晶の言いたいこともわかる。
 自分の意思とは無関係にドラッグを飲まされてレイプされてた可能性は十分ある。雨宮もその一歩手前だったわけだし、実際、最近はその手の犯罪がかなり多い。
 ドラッグだけならまだしも、性犯罪の被害者となるとむやみに他人に相談できない。彼女の意志を無視して被害届を出すこともできない。かと言って蟻ヶ崎にドラッグがどうのなんて話したら、そんな奴らと関わるなって言われて2年前と同じように監視されるのがオチだ。

「だから、俺に彼女を救ってほしい、って?」
 そう確認すると、晶は小さく頷いた。
「最近は大学にも来なくて、アパートに行って説得しても、そのパーティー仕切ってる一ノ瀬組の男に映像撮られたから逃げられないって言うし、すっげぇ痩せて死にそうだし、警察にも行けねーし………」
 へぇ、こんな殊勝な晶は初めて見たな。意外と友達思いなのか、それともその女が特別なのか。
 どっちにしても、俺にできるのはアドバイスだけなんだけど。
「言っとくけど、違法ドラッグでも無理やりやられた場合は犯罪にはならない。しかも集団でレイプされて脅迫されたわけだから、彼女は完璧に被害者だ。通報すれば確実に刑事事件で立件されるし、被害者が女性なら原則的に女性の警察官が話を聞くから安心しろ。下手にそいつらから逃げ出るよりも、動画がネットに流出しないうちにさっさと警察に相談して犯人逮捕してもらえ」
 と、最善の策を教えてやったのに、晶は納得できないように俺を睨みつけた。
 俺が何もしないのが気に入らないんだろうけど、ただの科捜研職員には何も出来ないんだからしょうがない。それに俺が関わると蟻ヶ崎が怒る。

 ただ、1つだけ気になることがある。
「ちなみに、その一ノ瀬組の奴の名前わかる?」
 俺の知ってる限りじゃ、一ノ瀬組がドラッグや覚せい剤にはほとんど手を出していないはずだ。と言っても雨宮は一ノ瀬に無理やりフォクシーなんていうふざけたドラッグ使われたわけだから、絶対に無いとは言い切れないけど。
「さぁ………名前は知らないけど、俊介くらいの年で、ココに大仏みたいなホクロがあった」
 言いながら、自分の額の中央を突いた。
「俺ん中では大仏ってあだ名。顔もなんかツリ目で似てるし。つーかアイツぜってーガキん時から大仏ってイジメられて道踏み外したタイプだね」
 さっきまでの神妙さはどこへ行ったのか、バカにしたような口調で言う。殺されるって怯えてる割には緊張感がない。
 どこまで本気なんだか。
「あっそ。チンピラでもなめてかかるなよ。ヤバイことになりたくなかったら、今すぐにでも警察に駆け込め」
 もう一度念を押すと、晶は仕方なさそうに「わかったよ」と頷いた。