始まりの日

赦罪 - 4

雨宮陽生

 尾形の腕の中で自分の心臓の音が大きく耳に響く。

 でも、好きとは違う――よな……?

 けれども俺は今、尾形を拒めない。
 どうしてなのか、自分でもよくわからないし、こんなふうに体が熱くなる理由も「生理現象」だと言い切ることもできない。
 ただ、尾形が俺から離れていくくらいだったら、このまま流されてもいい。
 セックスするくらいで、尾形が俺のそばにいてくれるんだったら。

 たぶん、それが俺の本心。

 小さい頃から何度も裏切られて、利用されて、だったら最初から信用しないほうがラクだって割り切っていた俺の心に、尾形は強引に入り込んで、かき乱して、落ち着かせて、いつの間に俺の心の一部みたいに、尾形がいる。
 2008年っていう世界に突然放り出されて、それでもこんなふうに自分を保てるのは、ここに尾形がいてくれるからだ。だから、不安になる。

 尾形が、俺から離れていったら?

 そんな不安が、尾形にこうやって抱かれてキスされていると、すぅっと引いていくのも確かだ。

「何考えてんの?」
 唇を離して、覗き込むように至近距離から俺に視線を合わせる。
「別に……」
 心を読まれないように睨み付けると、尾形はほんの少しだけ笑った。そして何の前触れもなく、俺の中心に手を伸ばす。
「ちょっ!」
「ふぅん。ちゃんと反応してるんだ」
 尾形が意地悪な笑みを浮かべて見つめる先には、しっかり膨らんだ俺の中心。あまりの恥ずかしさに目を背けると、尾形がクスッと笑うのがわかった。
「これも、生理現象?」
「…………だったら?」
「立って」
「は? なんで?」
「どうせ単なる生理現象だったら、より気持ちいいほうがイイだろ?」
「どういう――」
「いいから立て」
 俺の言葉を遮って、めずらしくピシャリ、と言う。仕方なくのそのそと立ち上がると、両手で腰を掴まれて、足の間に引き寄せられた。
 そして、尾形は乱暴に俺のジャージを引きずり下ろした。
「ちょっ! 何やって――っ」
 咄嗟にジャージを手に手をかけようとしたけど、もう遅かった。恥かしがる時間もないまま、
「えっ――――!?」
 嘘だろっ?
 生温かい、ぬめっとした感触に、背中がゾクリとした。
 尾形はチラリと俺を上目遣いで見ると、まるでそれを見せ付けるかのように、舌先で俺の固くなったモノをくすぐった。
「っ……」
 思わず腰を引こうとしたけれど、尾形の腕にしっかりと抑えられて逃げられない。それどころか、尾形の舌が先端を擦るようにねっとりと絡みついてきた。

 ありえない、こんなの、絶対ありえねぇっ。
「ちょ……やめろ、って……っ!」
 クチュ、と濡れた音が響く。
 纏わりつくような舌の動きで、波みたいに与えられた快感。
 血液が一気にソコに集中して、体中がかぁっと熱く変わっていく。
 尾形の舌がどう動いてるのかなんて知りたくないのに、どうしてかその動きを追ってしまう。唇で締め付けながら俺の弱い場所を探して、見つけたかと思うとそこに執拗に擦り付ける。
 とにかく口から漏れる声をなんとか抑えるのが精一杯で、気が付くと、脚がガクガクと震えて、尾形の肩に必死でしがみついた。
「……んっ……っ」
 だめだ、もうイキそう……、っていうか、このままだと尾形の口に――――。
「や、おが……もう離れて……っ……」
 力の入らない体に精一杯の力をこめて尾形の頭を押しやると、不意に抵抗感がなくなって、尾形がすっと離れた。
 見下ろすと、尾形が艶っぽい笑みを浮かべて、上目遣いで俺を見ていた。
「そんな力じゃ、抵抗してるなんて言えないよ」
 意地悪に口角を上げる。
「あ、それとも嫌がってるフリ?」
「調子に乗るなよ……誘ったのは、そっちだろ……」
「いい加減、素直になれよ」
 言いながら尾形は体を横に向けて、怪我していない方の足をソファに上げた。そしてどこにそんな力があるのか、強引に俺の腕を引っ張って、向かいに座らせると、座ったまま抱き合えるくらいの距離まで体を引き寄せられた。
 抵抗しようと、ソファの背もたれに右手をかけたとき、尾形の唇が目の前に近づいて、ドキッとした。
 濡れているのは、今していた行為を裏付けるもので。
「見とれてんの?」
 形のいい口元が、意地悪に笑う。
「……その自信、どっから沸いてくるんだよ」
 呆れて言い返すと、尾形はふと真顔になった。
「自信じゃなくて、事実だろ?」
 それから、鼻が触れそうなくらいの至近距離に顔を近づけると、俺の眼を見据えて、まるで催眠術にかけるみたいにゆっくりと言う。

「陽生は、俺が好きなんだよ」

 低めの、脳の奥に響く声。

 そう、なのかな――――。

「じゃなきゃ、こんなことさせないだろ、普通は」
 言って、尾形がそっと俺の中心に触れた。そして、手の温度とは違う何かを感じて下を向くと。
「……――っ」
 いつの間にか露になった尾形のモノとが俺のがイヤらしく絡み合っていた。
 触れ合った場所が熱くて、この行為そのものが信じられないくらい衝撃的で、一瞬何も言えなかった。
「ほら、俺に見とれてたから気付かなかったんだろ?」
 尾形はニヤリと笑って、手を上下に動かし始めた。
「違……っ……」
 言い返そうとすると、尾形が俺の敏感なところを刺激して声が出ない。
 とっくにお互いの先走りで滑りがよくなっているから、尾形が手を動かすたびにクチュっと音を立てて快感を生む。
 思わず目をつぶって声を出さないようにぐっと刺激に耐えていると、俺の頭の上で尾形が、ふぅっと熱のこもった溜め息をついた。
「ちゃんと俺を見て」
 顎をつままれて尾形の正面を向けさせられた。うっすらと瞼を上げると、そこにいつもの意地悪な笑みはなくて、ただ真っ直ぐ俺を見つめる尾形の顔があった。
「雨宮も、手貸して」
「えっ」
 俺が出す前に右手を引っ張られて、俺と尾形の中心を握らされると、尾形がその上から手を重ねて、強制的に上下に動かされた。
「んっ……」
 手のひらに感じる尾形の熱さとか、こんなことしてるっていう客観的な視点とか、動かすたびに沸きあがる射精感とか、そんなのが一気に押し寄せてきて、どうしようもなく、恥かしくて、怖くて、それなのに……。
「イイんだろ? 声、出せよ」
 キッと睨みつけると、尾形が色っぽく目を細めて、それなのに真剣に俺を見つめた。
「一緒に、いこう」
「っ……こんな――」
 こんな格好でできるか、そう言おうと思ったけれど、拒むのが怖くなるほど尾形の顔が真剣で、目が離せなかった。
 いつもどこか軽薄で意地悪な笑みなんてどこにもなくて。

 尾形って、こんな顔をするんだ……。

 薄く緩んだ唇や、熱を帯びた目が、ひどく艶っぽい。
 いつの間にか、尾形の動きに合わせて手を動かしていた。
 限界が近づくと、苦しそうに眉を寄せ、それでも挑発するように俺を見つめる。
 その視線までもが腰に響いて、手の中で自分自身がビクンと脈づくのがわかる。
「んっ……はぁ……」
 だめだ、ヤバイ…………。
「イケよ」
 耳元で尾形の声が響いて、動きが一段と早くなる。
「……バカッ……っ―――、んんっ――!!」
 一気に高みに昇りつめて、俺はすぐにイってしまった。
「くっ―――!」
 それからすぐに、尾形も低く声をあげて、手の中に精を吐き出した。
「はぁ、はぁ……」
 浅く呼吸を繰り返して、尾形はまたキスをして、顔が離れる寸前に。
「雨宮、すっげぇエロい顔してた」
「は、はぁ?! 尾形のがよっぽど――」
 エロい顔だろ、と言いかけて後悔した。「ふーん」と、流し目で俺を見る。
「やっぱり、おまえ俺のことが好きなんだろ。じゃなかったら、ただの淫乱だ」
「淫乱って……」
 尾形以外だったら想像しただけで寒気がする。どうせ調子に乗るから、絶対に言わないけど。
 ただ、尾形だったらいいやって思う。尾形がセックスしたいなら、それに応えることができるし、こんなことで尾形が満足するんだったら、ちょっとくらい我慢できる。
 こういうのは、尾形が好きっていう感じとは、やっぱり違う。
「すごく大事で失いたくない、それじゃダメなのかよ……」
「何がダメなんだよ」
「尾形の気持ちに対して」
 尾形の顔が一瞬だけ驚いたように止まって、それから優しく微笑んだ。その笑みに優しい言葉が返ってくると期待していたのに。
「ティッシュとって」
 ……そう来るか。