始まりの日
未来 - 19
雨宮陽生
声を押さえても、呼吸が荒くなるにつれて、吐き出す息と一緒に声が漏れる。
「はぁ……っ、んっ……」
さっきと同じ場所を突かれて、一気に射精感が高まった。トロトロと先端から先走りがあふれて、シーツの上にシミを作る。
自分を見失いそうで怖い。それなのに、体がもっと突いてほしいと訴えているみたいに、腰が揺れてしまう。
それを見抜いた尾形は、ほんの少しずらして擦りあげる。焦らすみたいに。
「あ……っ……」
思わず尾形を追いそうになって、わずかに残っていた理性がそれを止めた。けれども、中途半端な射精感をどうすることもできず、たまらずに下肢に手を伸ばす。
「陽生、それはダメだよ」
優しくその手を捕らえられた。
触りたい、早く出したい、早くイキたい。
「どうしてほしい?」
そんな恥ずかしいこと、言えるわけない。枕に顔を埋めて答えずにいると、クイッとまたその場所を突く。
「っ……」
なんとか抑えた声の代わりみたいに、下腹部から透明の体液が糸を引いて落ちた。
尾形が入れたまま強引に俺の体を反転させ、後腔に痛みが走って顔をしかめた。それを気遣ったのか、抱いていた枕を俺の腰の下に押し込んだ。
上から顔を見下ろされて羞恥心に両腕で顔を隠したけれど、その腕を無理やり外されて、頭の横に押さえつけられた。
「顔見せろよ」
低い声でそう言って、ゆっくりと腰を動かし始めた。
尾形はムカつくくらい余裕の表情で、俺を見下ろして、俺が感じる場所を確実に避けて、まるで自分だけが楽しんでるみたいに抽挿を繰り返す。
あと少しなのに達せない感覚が苦しくて、もどかしくて、それでも尾形を追わないように唇を噛んだ。
「切れるよ、そんなに噛んだら」
こめかみにキスしながら言う。
「っるせ……」
「イクの我慢してるんだ?」
このままじゃイケないって分かってるくせに。否定するのも恥ずかしくてまた睨み付けると尾形は色っぽく意地悪な笑みを浮かべた。
もしかしたら、このまま本当にイカせてくれないかもしれない。ああ、尾形ならありえるよな……性格、悪すぎ……。
「陽生の中、俺に絡み付いてくる」
低い声で言われて腰が疼く。耳まで性感帯になったみたいだ。理性が解かれそうになっているのを頭の片隅で感じた。
このままだと、ヤバイ……。
もっと、もっと触ってほしい……ソコを突いて欲しい……。
「陽生、どこがいい?」
その声は、悪魔の誘惑みたいだった。
「ここ?」
わかっているのに、全然違う内壁を擦る。
違う、と首を振る。
「じゃぁ、ここ?」
違う、そこじゃない。
「じゃぁ――――」
「ぁあ……」
そこ、だ――――。
尾形が妖しく微笑む。
「ここ?」
尾形澄人
「ここ?」
意地悪に聞いてやると、雨宮は潤ませた目を開き、俺を睨むように見て、小さくうなづいた。
ズクン、と下半身が一段と疼いた。
俺の下で快感に上気した顔が酷く艶っぽくて、エロい。
堪らない。
軽く何度もその場所を突くと、雨宮の呼吸が乱れ出した。
「は……、あぁっ……はっ……」
触ることを許していない雨宮のペニスには、大粒の雫が溢れて流れ出している。まるで泣いているみたいに震えて、限界を伝える。
「陽生はこんなところが感じるんだ」
「ちがっ……あっ」
わざとそのポイントを外すと、雨宮の腰が俺を追って揺れだした。
「……ぃやっ……もっと……」
俺に絡み付いてくる内壁が時々収縮して、初めてとは思えないほど俺を昂ぶらせる。イキそうになるのを我慢しながら、雨宮の顔をうっとりと眺めた。
堪らなくエロくて、愛しい。
「愛してる」
そう囁くと、快感に溺れながらも、それでも気位の高い猫のように鋭く俺を見た。
こんな時でも失わないその気高さを、欲望で完全に染めきったら、どんな目をするんだろう。
「いい加減に……はぁっ」
雨宮は、押さえられた俺の手を押しのけて、今度は俺の腕を爪が皮膚に食い込むほど強く握り締めた。
イキたくて、仕方がないんだろ?
雨宮の腰を抑えて、肉壁を大きく擦り上げた。
「あああっ!」
その場所を立て続けに突くと、雨宮はビクンと大きく体をのけぞらせて、ペニスに触れていないのに絶頂を迎えた。
きつく締め上げられて、すぐに俺も限界になる。
「っ……」
雨宮を強く抱きしめて、何度か抽挿を繰り返し、俺も雨宮の中に吐き出した。
それでもまだ中がヒクヒクと痙攣していて、いやらしく俺を欲しがっているみたいだった。このままだとまた勃ちそうだったからずるりと腰を引くと、雨宮がその感触に呻きながら俺の腕を握る手に力が入った。
そんな動作のひとつひとつを俺が引き起こしていると思うと、たまらなくなる。
重なったまま上半身を起こして覗き込んだ雨宮の顔は、まだ少し荒い呼吸で、悩ましげに目を閉じていた。汗で額にはり付いた前髪をそっとかき上げてやると、すとん、と雨宮の腕が滑り落ちた。
「え……雨宮?」
気を失った? そんなに悦かったのか?
確かに初めてなのに後ろだけでイクなんて、予想以上に感度がいいみたいだけど。
「雨宮、大丈夫か?」
軽く頬を叩くと、力の抜けていた腕でそれを振り払った。それからうっすらと目を開けて、
「100万倍にして返してやる……変態」
雨宮の悪態を、笑って受け流しながら、内心溜め息をついた。
俺とのセックスを「ただの生理現象」なんて言われて、柄にもなくムキになって最後までヤッたけど、さすがに最初から飛ばしすぎだったかもしれない。
その上、やっぱり雨宮は何も変わらない。ある意味、意志が強いっつーか頑固っつーか……。どっちにしても、こいつには既成事実作っても効果なしだったってわけだ。
「痛くしないって言ってたのに。嘘つき」
雨宮は俺の考えてることなんて気にも留めずに、鋭く俺を睨みつけた。
「痛いって言ったら逃げただろ」
「当たり前だろ。つーか、おまえ自分が悪い事したっていう自覚ないんだろ」
「悪い事? あぁ、そうか。まさかこんなに感じてくれるとは思わなかった。ごめんごめん」
「…………裂けてたら、慰謝料請求してやる」
「ああ、診てやるからうつ伏せになれ」
起き上がってティッシュを何枚か取り、雨宮の腹に飛び散った精液を拭うと、自分でやる、とばかりにそれを奪い取られた。
「やだ。なんで尾形なんかに」
「裂けてたらマジでしゃれにならない。ちゃんと薬塗らないと化膿して大変なことになるぞ」
真剣にそう言うと、雨宮はティッシュを握った手を止めて、一気に顔を引きつらせた。
「…………変なことしたら蹴るからな」
セックスの後に言うことかよ。
「わかったよ」
ため息混じりに了承すると、雨宮はうつ伏せになって、のそのそと尻を突き出した。この位置じゃあ、本当に蹴られるかもな。
悪戯なことはせずに、雨宮のそこを診察した。ぷっくりと赤くはれ上がったそこから、白い俺の精液がにじみ出ていていやらしい。本当は掻き出してやりたいけど、そんなことしたら速攻で蹴られそうだな。
「大丈夫だ、切れてない。中のものちゃんと掻き出しておけよ。下痢するから」
そう言って軽く尻を叩くと、雨宮はだるそうに起き上がり、俺に背を向けてベッドに腰掛けた。
「やっぱり男同士のセックスなんて、合理的じゃない」
雨宮はふて腐れたように言って、ティッシュを1メートル離れたゴミ箱に投げ捨てる。
「そんな価値観ですることじゃないだろ」
「わかってるけど……」
本当に分かってるのかよ。
「まぁ、そのうち認めざるを得なくなるね」
ニヤリと笑ってそう言うと、雨宮は振り向いてゲッと色気のない顔をした。
さっきの自分を完全に忘れてるみたいだ。
そもそも、認めてないくせに
どうして逃げずに俺に抱かれたんだろう。俺でさえ、雨宮は本気で抵抗するかもしれないと思っていたのに。
どっちにしても、これを「生理現象」なんて言い切るあたり、雨宮の中で男との恋愛ってのは、心底ありえない非合理的ことなのかもしれない。