始まりの日

未来 - 18

雨宮陽生

 尾形の手がTシャツの下に滑り込んできて、胸を這いながら限界までTシャツを捲り上げると、体中にキスをして乳首に吸い付いた。
 思わずビクッと震えたけど、尾形はそんなの気にする様子もなく、舌先でそれを弄ぶ。
 くすぐったさの中に、ほんの少しだけ体が疼くような感覚が宿りはじめた。
 男にこんなことされて感じるなんて、ありえない。
 体中に力を入れ、顔を背けてその感覚に耐えていると、ふいに尾形が顔をあげた。
「気持ち悪い?」
「…………悪い」
 こんな嘘ついたって、もうバレバレだろうけど。
 尾形は仕方なさそうに笑うと、俺の鎖骨に小さなキスをして、俺のベルトのバックルに手をかけた。
 ドクン、と心臓が強く打ち付けた。
 期待とか性的な興奮じゃない。何をされるのかは分かっているけど、俺がどうなるのか、見当もつかないから、緊張で心臓の音が頭に響く。
 尾形は俺のバックルをあっさり外して、ファスナーをおろした。その手がトランクスの中に滑り込んで、躊躇いも戸惑いもない手つきで直にほんの少し膨らんだモノを包み込んだ。そして緩やかに上下に動かす。
「…………っん……」
 ダイレクトに与えられた刺激に、思わず声が出そうにって、恥ずかしくて目を閉じた。
 他人に体を触られるのは、鳥肌がたつくらい嫌だったはずなのに、尾形の手であっという間に体積を増した。
 俺の体中に細かいキスをいくつも散りばめ、また乳首を舌で転がし始める。くすぐったさが消えて、いつの間にか下半身にひびくような快感に変わっていた。
 こんな場所を舐められて感じるなんて、女みたいだ。……そっか、俺は女みたいに尾形に犯されるんだよな。
 何か変わるのかな……。
「陽生」
 ふいに名前を呼ばれてうっすら瞼を上げると、至近距離に尾形の顔があった。
「いい加減、気持ちいいって認めたら?」
 ニヤリと笑って言われて、ハッとした。
 やばい、完全に流されてた。
「嫌だ」
「でも、こっちは感じてる」
 睨みつける俺にかまわず、尾形がちらりと俺の股間に視線をやる。
 すっかり勃ち上がったそこからは透明な滴が滲み出て、尾形はそれを広げるようにねっとりと擦った。
「……んんっ……」
 体が一気に高ぶって、まるでアルコールに酔ったみたいに頭がくらくらとしてきた。
 それから下着ごとジーパンを脱がされて、両足を抱えあげられた。下半身が露になって恥ずかしくて顔を背けると、尾形の呟くような声が聞こえた。
「色、白いな」
「……ヤるなら、さっさとやれよ」
 尾形は小さく笑ってまた俺の頭の横に手をついた。
「口開けて」
「いやだ」
「じゃぁ、痛いほうがいい?」
「それも嫌だ」
「さっきから嫌しか言ってないな。おまえ本当に頭いいのか?」
「尾形の言いなりになるくらいだったら、痛いほうがマシってことだよ」
 けれども、ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべる尾形の一言に、背筋が凍りついた。
「ま、痛いだけで済めばいいんだけど」
 ……それはつまり、裂けるって言いたいのか?
「マジで……?」
「マジ。俺のほうが経験積んでるんだから、少しは言うこと聞けよ」
 裂ける……13年前にタイムスリップして男に犯されたあげく、肛門が裂けるなんて、最悪にもほどがあるだろ。
「…………」
 仕方なく唇を緩めると、尾形の右手が容赦なく差し込まれた。
 中指と薬指で口腔をねっとりとなぞる。舌に絡みついた指が、くちゅっと濡れた音をたてて、妙な気分になっていく。
「ちゃんと濡らして」
 耳元で低くささやかれて、どうしてかゾクッとした。けれども、指を引いて腰が浮くほど両足を抱えあげられて、この先の行為を想像すると、不安と痛みに対する恐怖心が湧き上がってくる。
 でも、この状況を受け入れたのは俺だ。
 だったらできるだけ痛くないように、ダメージの残らないように――そう考えて抵抗するのはやめたけど、心と体は簡単には言うことを聞いてくれなかった。
 ぬるり、と俺の唾液で滑った指が、尻の間に伸ばされた。自分でも見たことのない場所を、他人の指がなぞる。抵抗ないわけがない。
「力、抜けよ」
 そんなこと言われても、無理に決まってる。ぎゅっと締まったままのソコに、尾形の指が強引に押し入ってきた。
「うぅっ……」
 初めての圧迫感に、思わず声を上げた。
「痛いか?」
 痛みはほとんどないけど違和感が嫌で、とにかく抜いてほしい。コクコク頷くと、あっさりと引き抜かれてた。
「ちょっと待ってて」
 そう言って、尾形はベッドから降りてネクタイを外す。そしてワイシャツのボタンに手を掛けながらバスルームに行った。
 逃げるなら今だという期待は、あっさり砕かれた。
 すぐに尾形が上半身裸になって戻ってきて、そしてまた俺の脚を抱えあげる。
「冷たいかもしれないけど」
 と断って、その場所に何かをぬりたくった。
「ひぁ、何?」
 ひんやりとした温度に思わず身をよじると、尾形は面白そうに笑った。
「リンス。いい潤滑剤になると思って」
 そう言うなり、ぐっと指に力を込めた。
「は……ぁ……」
 力が抜けていた瞬間だったから、ぬるりと奥まで入ったみたいだ。
「……急に、入れるなよ」
 苦し紛れに言った言葉はあっさり無視された。
 リンスの効果は抜群で、痛みなんて全然ない上に、ゆっくりとした指の抜き差しと内側を擦られる感触が、妙にダイレクトに脳に伝わってくる。
 けれども、もう1人の自分が斜め上から見てるみたいに、なぜか冷静に考えた。
 強制的に引き起こされた排泄感と、体の内側を他人に触られているという、あまりにも現実離れしたこの状態。
 この体勢はかなり恥ずかしいけど、どう考えても色気なんて全然ない。こういう行為よりもさっきのキスや前戯の方がほうが、ずっと心臓に悪いし欲情する。
 男同士のセックスなんて、こんなものかもしれない。
 ただ、男に、尾形にこんなことをされても嫌悪感がないのが、不思議なだけで。
「余裕だな。何考えてるの?」
 俺の顔を上から覗き込んで、すっかり萎えた俺の中心を左手で包み込んだ。
「いろいろだよ」
 睨みつけると、尾形はどこか楽しそうに微笑んだ。
「じゃぁ、考えられなくしてやるよ。ここ、相当気持ちいいらしいよ」
「嘘だ」
 聞いたことはあったけど、元々そういう目的の臓器じゃないし、こんなに冷めた状態から「考えられなく」なる自分が想像できない。っていうか、想像したくねーよ。
 けれども尾形はくすっと笑って。
「嘘? じゃぁ……」
 その笑い方が意地悪で、嫌な予感がした。そして、直後にそれが証明された。
「――あぅっ!」
 な、なんだ今の?!
 それまでとは違う場所を擦りあげられたんだ。
 一気に血液が下腹部に集まるような感覚。
 すぐに何度か、同じ場所を押される。
「っ!」
 声を抑えるだけで精一杯だった。
 俺の萎えた中心は尾形が触れように握っているけど、ぜんぜん動かしてくれない。それなのに、みるみるうちに膨らんでいくのがわかった。
「前立腺。聞いたことあるだろ?」
 冷静に言われて、カッと赤くなるのがわった。
 こんなの生理的な現象だって分かってても恥ずかしくて、たまらずに両腕で顔を隠した。
「……そんな理屈いいから、さっさと終わらせろよっ」
 尾形のクスッと笑う声が聞こえた。
 俺の先端を指で軽く刺激しながら、たまにソコを擦りあげて、指を増やしていく。
 想像していたよりも遥かに強い快感に体が上気して、悔しいくらいに尾形の動きに反応してしまう。
 それなのにイケないのがもどかしくて、腰が揺れそうになるのをなんとか理性で押さえつけた。
 早く解放してほしい。そう思った瞬間、また前立腺を刺激された。
「っ……」
「そんなに締め付けるな」
 かぁっと体が熱くなった。まるで思っていることを見透かされてるみたいだ。
 イケそうでイケない俺の状態を、尾形はわかってる。わかってて、あえてこんな風に焦らして楽しんでるんだ。
 それを何度か繰り返されて、パンパンに張り詰めた俺のモノから、先走りがトロトロと流れ出している。中途半端な射精感が続いて、頭が追いつけなくなりそうだ。
 もう、嫌だ……、早くイキたい。
 唇を噛んで声を殺していると、その唇に触れるようなキスをされた。
「イっていいよ」
 耳元で低く囁かれて、顔を隠していた腕を下ろすと、尾形が色っぽく微笑んでた。
 その目に、思わず心臓が跳ね上がった。
 そんな俺を知ってか、尾形はニヤリと笑って、それまで触れていただけの左手を上下に動かす。
「ん、や……やだ、っ」
 あまりにも突然で、頭が真っ白になった。
 どうしようもなくなって、俺の足を抱える尾形の腕に、手を伸ばした。
「あ、ああっ……!」
 一気に射精感が高まって、びくびくと全身を痙攣させながらあっという間にイッてしまった。その瞬間にも、尾形は俺の内壁を執拗に掻きあげる。
「はぁ……あ、あぁ、んっ……、尾形、やめろっ……」
 ドクドクと心臓の音が体中に響いて、呼吸すら忘れる。体がおかしくなりそうで、たまらずに腰を引こうとしたとき、ようやく尾形が指を抜いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 呼吸を整えながら下腹部に残る違和感を拭い去ろうと瞼を閉じた。けれども、かたわらでティッシュを引き出す音が聞こえて目をやると、膝立ちになった尾形が俺の腹にティッシュを撒き散らそうとしていた。
「…………」
 余韻に浸る間すらないまま、だるい体を起き上がらせ、尾形を睨み付けてそのティッシュを奪い取った。体に飛び散った白い液体は、拭いても拭いてもベタベタしてるような気がして気持ち悪い。
「想像通り?」
 尾形を睨み上げると、にんまりと笑って、してやったりって顔で俺を見下ろしていた。
 むかつく。その態度もその一言も。
「最悪」
「素直じゃないね」
 めいっぱい冷たく答えた俺に、尾形は面白そうに笑った。その余裕たっぷりの態度に、また苛ついた。
 気持ちの伴わない行為を一方的にされて感じたってだけで、
「ただの生理現象だろ、こんなの」
 言い返すと、尾形はスッと挑発するように目を細めた。
「へぇ。じゃぁ、うつ伏せになって」
 そう言った声が、少し無表情だったのが怖かった。
 怒った? そう思ったけれど、尾形の細身のスラックスの股間がしっかりと膨らんでいるのが視界に入ってきて、そんなことはどうでもよくなった。
「ちょ、ちょっと待てよ……」
「まさか、自分だけ気持ちよくなって終わりとか思ってないよな」
「…………やだ、嫌だ」
 タダでさえあんなに恥ずかしかったのに、まだしろっていうのかよっ。しかも絶対に痛いに決まってる。
「生理現象だったら別にいいだろ。女じゃあるまいし」
「ち、違うっ。そんなの入れたら絶対に痛いに決まってる。裂けるっ」
「痛くしないよ。俺は慣れてるから大丈夫」
「そっちは慣れてても俺は慣れてねーよ!」
 思わず声を荒げて反論したけど、また無視されて、尾形に強引に体をひっくり返された。
「うつ伏せのが楽だ」
「え、ちょっ!」
 慌ててバランスを保とうとしたけど、手遅れだった。
「膝曲げて。ほら、枕でも抱えてろ」
 無理やり膝を曲げられて、尻を突き上げるような形で枕を抱えた。こんな屈辱的な格好させられるなんて、恥ずかしすぎる。
 俺の後ろでドサっと服が落ちる音がして、後腔に何かがあてがわれる。
 いきなりかよ、と思ったけど、差し込まれたのは指だった。またあの変な射精感に襲われると思うと、じっとしていられなくなる。けれども、尾形はその場所を避けて、慣れた手つきで指を増やしていく。
「んん……」
 同時に中心を左手で包み込まれて軽く上下に扱かれると、吐き出したばかりなのにむくりと勃ちあがった。
 さっきとは比べものにならないくらいの快感が沸き起こる。
 ヤバイ……。
「っ……ん……」
 出そうになる声を抑えて、その快感に流されないように耐えた。
「声出せよ。本当は、すごく感じてるんだろ」
「…………」
 否定する声すら説得力がないだろうから、何も言わずにいると、背後でくすっと尾形が笑ったのがわかった。
 先走りをすくうように先端をなで上げて、指先を巧みに絡ませてくる。その指の動きに意識が奪われたその時、鋭い痛みが背筋に走った。
「あああ!」
 ぐっと内臓を押し上げるような凄まじい圧迫感と痛みに、悲鳴みたいな声が出た。
 尾形が俺の中に入ったんだ。
「っ……」
 頭の後ろで、尾形が小さく呻く。けれどもそんなことにかまってる余裕がなくて、俺は枕を強く締めて、その痛みをなんとか逃がそうと呼吸を荒げた。
「はぁっ……っ痛……」
 感じるとか感じないとか、男とか女とか、そんなのどうでもいい。
 とにかくこの痛みから開放されたい。
「知ってるか? セックス中に分泌される脳内麻薬のβ-エンドルフィンは、モルヒネの6.5倍の鎮痛作用があるんだ」
 尾形は掠れた声でそんなことを喋りながら、さらに俺に身を埋める。
 こんな状況下で、んなこと考えられるかっ。
「あっ……うぅ……」
 額に脂汗がにじんだ。
「全部入った……大丈夫か?」
 意地悪だけど、心配そう声がした。
「今さら何言ってるんだよ。痛いに決まってるだろ……」
 嫌味をたっぷり含ませて答えると、そっと背中から抱きこまれた。一回り大きな尾形の体は俺の体をすっぽりと覆い、それがやけに温かくて、不覚にもほっとしてしまった。
「ランナーズハイは、β-エンドルフィンが分泌されたときになる。つまり、人間は苦痛を感じるとそれが徐々に快感に変わるように出来ているってわけだ」
 痛みが快感に変わろうがそうじゃなかろうが、今痛いことには変わりないだろーがっ。
「そんな話、セックス中にするなよ……醒める」
「最初から酔ってなんかいないだろ」
 見透かすように言って、尾形はゆっくりと腰を動かし始めた。
「すぐに何も考えられないくらい、乱れさせてやるよ」
「……こんなことされて、平常心でいろってほうが無理だ」
 当て付けのように言ってやったけど、痛みと圧迫感の中に、少しずつ快感が伴い始めていた。耳にかかる尾形の息遣いに熱がこもる。たまに低い呻き声が漏れると尾形も感じているのが伝わって、急に快感が大きくなった。